少しずつ削れてく純粋すぎる時。

それは、うたかたの日々

困惑

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パソコンの調子が悪いから(壊れても、すぐに買い換える余裕ないから青ざめて書いてます)スマホでポチポチ打つことにしました、こんばんは。あとで訂正するかもしれません。

昨日の些細な話で「別れ」とはどんなことなのか。”わかれ”  この三文字の破壊力たるや。

「もし、わたし達が別れたとして家族がいるひとは実家に帰ったり出来るけれど、わたしの場合は家族が居ないから身だけ放り投げられて、それこそホームレスになり得る」と話したら

返ってきた言葉は「ひとりのほうが最強じゃん」と言い返されて余り理解が出来なかったんです。(言えるひとが居たら教えて下さい)

身だけ投げられたこと何度あるか。

彼に少しわたしの人生の歴史を話した際に

一言「勝手に育ったんだな」と言われたの

今でも覚えています。

大体のひとは皆さん家族なり親戚なり、いらっしゃると思います。ホームドラマの見過ぎで夢見すぎと言われがちなのですが実際は家族がいても様々な形があるのは理解は出来ます。

母親がいて父親がいて、おじいちゃん、おばあちゃんがいて兄弟もいるひとはいますよね。

わたしはその、ごくごく普通の形にとっても憧れがあります。

両親と過ごした日々は数えられるほどで周りとの落差に酷く落ち込んでいた小さいころ。所謂、思春期と皆さんが言う時には学生をしながら働いておりましたので(寧ろいまのほうが収入少ないかもしれない)自然と自分の身は自分で守らなきゃ!と思うようになり明日は我が身と言い聞かせていたら成人なんかしていて。家族がいたら◯◯してくれるんだろうなぁ、と時折、思うこともあります。心配してくれたり、そういう些細なこと。些細なことは、わたしにとっては特別なものであるので合わせるの実は一番つらい。たかが、こんなことで。それが一番、堪える。

一応、わたし花嫁さんになってもうすぐ半年なるのかな。彼の家には心配とご迷惑を掛けているのは重々承知ですが、わたしがお嫁さんに来ても良い理由のひとつに幸か不幸か「わたしに家族がいないこと」がありました。

 

ごめんなさい、辛いので後日更新します。

 

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