少しずつ削れてく純粋すぎる時。

それは、うたかたの日々

白昼の光化学スモッグ

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さっき警告で光化学スモッグの知らせを聞いた。

小学生のころ校庭で良く聞いていた感情がこもっていないアナウンス。

病弱気味だったわたしは、校庭で遊んだことは数えるくらいしか無い。

それと同時に、あることを思い出した。

10年以上前に開設したブログのタイトルが

”白昼の光化学スモッグ”だったということ。

確か消してなかったはずだけど、なんで消さなかったんだっけ?

という明確な答えはわからない。

探したら、あった。

白 昼 の 光 化 学 ス モ ッ グ

昨日、過去を自らもう思い出さなくては良いのではないか

という話になったけれど、やり場のないどうしようもない痛みがあって

自分のこころの奥深くに仮に眠らせていたとしても

本当に癒えない傷なんだと思ってしまう。

それを背負ってこれからも生きていかなければいけないというのは

事実であることは間違いないことだし

かといってそれから逃げてしまえば「お前はその程度で逃げたひと」

というレッテルが貼られてしまうんだろうなと。

はてなハイクで、ただただ何となく

”ドラマティックに生きたくて生きてる訳じゃない。波風がないような生き方に憧れる。逆に何もない人はドラマティックなものに惹かれる。つまりは無い物ねだりなんだよなあ、となる”って書いたのですが(とある映画の感想でもあります)

こんなことばかりだよなぁと思う。

 

 

 

 

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